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2009/02/25

新橋の華屋

今から17,8年ぐらい前まで、新橋の駅前に華屋という甘味処がありました。場所は、今のヤマダ電機あたりだったかなあ。

そのお店、歌舞伎のお芝居にちなむ口上をを店員さんが言いながら注文品が出てくるというイカすことをやっていました。商品名も、歌舞伎にちなんだネーミングになってまして、たとえば、からみ餅は「七段目」。その心は、由良さんとお軽と平右衛門が絡む場面だから。

ちなみに、お茶を出すときは「ニコライの鐘が鳴るなるお茶の水」。つり銭を渡すときは、「道成寺の釣り鐘」。

そのお店のことは小さい頃から知っていたのですが、高校生のときに歌舞伎にハマって、母に頼んで一緒に行ってもらいました。高校生にはお値段がちょっと高めだったので、オトナになって全メニュー制覇するぞ!と思っていたのですが、その後しばらくして閉店してしまって一度しか行けませんでした。そんなわけで他のメニューの口上を知ることができなかったのが残念であります!!
読者の方の中で行ったことのある方、いらっしゃいましたらコメントお待ちしております。

しかし、この趣向は歌舞伎座とか国立劇場の喫茶室あたりでやってくれたら面白いと思うんですが、どんなもんでしょ。

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コメント

検索してたどり着きました。
いきなり申し訳ありません。

私も新橋華屋に行ったことを、最近懐かしく思い出しています。
従姉が芝居好きで存在を教えられていました。東京へ引っ越したのを幸い職場の先輩と直行。何回か通いました。28年前のことです。

おつりの時「・・・の釣り鐘!」の初めの部分が聞き取れず、たぶん道成寺?とは思っていましたが、やっぱりそうだったのですね。

私は、大菩薩峠というのを食べたのだけははっきり覚えています。ですが・・・何のなぞらえだったのか思い出せない。
知りたくて検索していたのですが、どこでも答えに行き当たらずです。
ご存じでしょうか?

歌舞伎座が新しくなるとのこと。どこかに華屋さんの記録があれば、私も新歌舞伎座内のティールームで復活して欲しいです。

>みどりさん
はじめまして、コメントありがとうございました。
華屋に行かれた方のコメントが来て大変うれしいです。
「大菩薩峠」は、どのような食べ物が出てきたのでしょうか?
華屋の閉店は、歌舞伎ブームの始まった1990年で、もう少しお店をやっていたら新しいファンも来てにぎわったのではないかと思い、残念です。
歌舞伎座のカフェで再現してくれたら、観にいくたびに足を運ぶと思います。
では、またコチラのブログへもおこしください。

お返事頂き、幸いです!

大菩薩峠、ご存じではなかったのは残念です。が、再現を願う方にお会いできたのは嬉しかったです。

私も、歌舞伎座まではかなり遠いですが、もしカフェで再現されるようであれば必ず行くことでしょう!

本当にありがとうございました。

>みどりさん
「大菩薩峠」、いつの日かどういう例えだったのかわかる方が現れるのを待ちましょう。

ちなみに私は、行った時に何を注文したか記憶がないんです(--;。ふとした拍子に思い出せないかなあ、と思っています。

突然おじゃまいたします。懐かしくてコメントしたくなりました。
新橋の華屋さんには何度か行ったことがありますが、閉店近くの頃は、口上をきちんと聞くお客が少なくなり、店員さんも聞いていないお客には口上を端折っていました。
ところてんは「滝の白糸」(見たとおり)、
白玉ぜんざいは「南総里見八犬伝」で、白玉が8つ載っていたと思います。で、口上を述べつつ「(登場人物の)おさと」のくだりでお砂糖をちょっと振り掛けるという演出もありました。肝心の口上は覚えていません。
70代、80代の方ならご存知のお店と思います。
どこかで再現していただけたらうれしいですね。


>あられ様
コメントありがとうございます。
あられさんのコメントで記憶が甦ってきたのですが、私が行ったときに注文したのは「南総里見八犬伝」だったような気がします。

しかし、閉店ごろはセリフに関してそのような状況だったのですね。しだいに歌舞伎のアイテム(セリフなど)が日常生活でおなじみのものでなくなりはじめた頃だったのでしょうか。

また華屋に関して思い出したことなどありましたらお知らせいただければ幸いです。よろしくお願いします。

こんにちは。お久しぶりです。
幼稚園で半年ご一緒したナオコです。
家族で、華屋さんの話になり、検索したらこちらに辿りつきました。
私も、母に連れられて、1度だけ行ったことがあります。高校生のころかな。
何を注文したのか全く覚えていないのが、残念です。
数年前、おすぎさんか、ピーコさんが華屋さんの事を、何かのコラムに書いていらしたそうです。
友人が、何気なくその話を私にしたので、
「行ったことある!」と言ったら、
非常に驚かれました。
友人は、とっくの昔に閉店したお店だと思っていたそうです。

>ナオコさん
ご無沙汰しております~。
高校生の頃ということは、私が行ったのとおそらく同時期でしょうか。結構古い建物だったように記憶しています。おすぎorピーコさんのコラム、読んでみたいものです。
それにしても、新橋のあのあたりもすっかり変わっちゃいましたねえ。

お気に入りに入れてあったので、今開けたら!続いていましたね^^。

南総里見八犬伝。小豆白玉…ということでしょうか?あられ様、ありがとうございました!

 また出会うチャンスの少なそうな昔の思い出に、こだわってしまっている自分に驚きますが、「ああ、そうだったのか」と、少しでも判るとやっぱり嬉しいです。
おすぎさんかピーコさんのコラム、私も読みたいものです。

このスレッドばかりこだわってしまって申し訳ありません…。

>みどりさん
レスが遅くなり申し訳ありません。お気に入りに加えてくださってありがとうございます。
もう20年近く前に閉店したお店なので、覚えている方がいるかな、、、と思っていましたが、何人かの方から書き込みがありうれしい限りです。また、何か思い出したことがありましたらお知らせいただければ幸いです。

主人の祖母が新橋に華屋を開いておりました。
私も結婚前 今から28年程前に一度だけ華屋行ったことがあります。
その時は すでに代もかわって伯母が店を継いでおりました。
その伯母も 華屋を閉めてから
今ではオーストラリアに住んでおります。

>イルマさん
コメントありがとうございます。ご親族の方からコメントを頂くことができて大変うれしいです!
私は一度しか足を運べませんでしたが、今でも印象に残るお店です。お店に行かれたことのある方からもコメントを頂き、こうしてネット上で思い出を共有できるのもいいものですね。伯母様にくれぐれもよろしくお伝えください。

新橋の華屋さん、懐かしい!
私(現在54歳)の母(現在84歳)が会社勤めの頃からあったお店です。
社会人になって新橋の近くに勤め先があった私に母が教えてくれて、以来13年ほど勤めた間、足繁く通いました。
大好きだった「白玉あずき」は「南総里見八犬伝」の話。すごく美味しいのに、「飛び散りし8つの玉(白玉8個なんです)、玉梓(たまずさ)が怨霊~」とおどろおどろしく終わるがちょっとイヤでしたね。「もっと楽しい話の名前にしてくれたらいいのに」って、行く度に話したものです。メニューも殆ど忘れてしまいましたが、「葛餅」が「葛の葉」だったのだけ覚えています。あのおかみさん、ご存命とのこと、嬉しいです。

>ひらひらさん
コメントありがとうございます。本当に長い歴史を持つお店だったのですね!もう少し早く生まれていたら、もっと通うことが出来たのになあ、と思います。
皆さんから沢山コメントを頂き、メニューとそれにちなむ作品名の結びつきも少しずつでも知ることが出来て大変うれしいです。時間のあるときにまとめた記事も書いてみたいです。

こんにちわ!
ふっと久しぶりにお邪魔したくなり(どうにもなんだかお邪魔したくなったのです)。

来てみて良かった!!!
イルマ様の書き込みや、ひらひら様の思い出話が、どうにも嬉しくて仕方がありません。おそらく私がお店に行った時は、伯母さまが継いでいられた時ですね。なんだか不思議でウキウキする感覚です。

なべらさんが書いて下さった記事が、少しづつ成長していく感じですね^^。
私まもなく50歳。ネットの感覚が薄い世代です。パソコンや携帯の弊害を多く感じることも事実ですが、このスレッドを見て良いものでもあるなぁ!と感じました。
大菩薩峠が、どういう食べ物だったか解る日が来るかもしれませんね。もし解らなくても、こういう談義がゆっくり続いているのもまた楽し♪です。

>みどりさん
コメントありがとうございます。
まさか皆さんからこんなに思い出を書き込んでいただけるとは思ってもみませんでしたので、大変光栄です!しかも常時この記事は人気記事の上位に入っていますし。

ところで先日若尾文子主演の「東京おにぎり娘」という、新橋を舞台にした映画を観る機会があったのですが、1961年ごろの新橋の風景が何場面か映っていました。華屋さんのあった場所の近くも映っていてうれしかったです。

はじめまして
今から30年程前、はじめてお勤めした新橋で毎夜通った華屋がどうなったか、どうしても知りたくて検索していたところ、こちらに行き当たりました。
本当に懐かしく、またずいぶん前に無くなっていて、寂しい気持ちでいっぱいです。
こちらの前に探したところに、やはり昔行っていて、口上や大菩薩峠のことなどお母様に聞かれて書かれたblogがありました。
携帯の検索で新橋 甘味 歌舞伎で見つけました。
その方に了解はとっておりませんのでそれ以上書いてはいけないと思いますが、懐かしかったです。
ちなみに私は金色夜叉のいっそ死ねとはなぜいわぬ、の台詞が大好きでした。
どこかでまた開店してほしいです。

すみません。
記憶違いをしていました。
あの台詞は金色夜叉ではなく、女系図湯島の白梅でした。
確か白玉が、梅の形に並んでいたような・・・

金色夜叉の貫一の台詞もありましたよね。記憶はあいまいなのですみません。

あのお品書きだけでも、もう一度みてみたいです。

>あるりさん
はじめまして、コメントありがとうございます。レスが遅くなり申し訳ございません。
「婦系図」のセリフもあったということは、歌舞伎、新派、「大菩薩峠」と幅広くセリフをカバーしていますね。
白玉の使い方も、「八犬伝」と「婦系図」で違っているのが面白いと思いました。
また、思い出されたことがありましたらコメントをいただけましたら幸いです。
よろしくお願いします。

華屋の佐野さん 長男の晃一君を探しています。お姉さま陽子さん、港区麻布と五反田でお付き合いしていた一平ともうします

やっとここにたどり着きました。
懐かしいー。
私が行っていたのは25年ほど前。
友人のお母さんが学生の時からあったと言っていたから…、いったいいつからあったお店なのでしょう。
メニューと口上情報をお願いします。

なつかしい話で思わず書き込みさせて頂きます。
最後に行ったのは43年前、
高校が決まったので父と母に始めて連れて行って貰ったのが
47年前でした。
当時は
お釣りは、娘道成寺釣鐘でした。
お茶は、淀君茶々でした。

私も、30年前に霞が関で働いていたので、新橋に寄っては、通ってました… 私はいつも、八百屋お七でした、"いっそ死ねとはなぜ言わん!カン、カン、カン、カン" だったか……懐かしいです(^-^)/

やっと、お店の名前が分かった~です。(笑)
高卒で都庁の職員となって、4月の歓迎会を開いて頂いて、
お好み焼き屋さんの次に、連れて行って貰いました。
店員さんが、メニューごとにいろいろな口上を、諳んじるので、
目が点になってしまいました。

その後、伺うこともなく、…35年。
あのお店は、新橋だったかなあ・・どの辺りにあったかなあ・・
歌舞伎の口上、どの店員さんも上手だったなあ・・・

と、記憶に残っておりました。
ふと、甘味処・歌舞伎・口上で検索をかけたらわかるかしら?
と、思いついて・・・

分かったので

冒頭の「やっとわかった~」なんです。

まだ、営業していてほしかったです。

進学校で(卒業生400人くらいのうち、就職は10人もいなかったんです)兄弟が多くて、浪人不可なのに、自分の不勉強で国立の落ち、仕方なく就職。

でも、職場の方々に歓迎会で、楽しいお店に案内してもらい
とても気持ちが和んだ思い出のお店なので

いろいろわかって、ほっとしました。

ありがとうございました。


もう50年くらいになりますが、華屋に何度かいきました。覚えている品書きは「壺阪霊験記」。みつ豆のような、寒天の入った
ガラスの器。おぼえている口上は「沢一さん、待って!」と後を追いかける女房の お里 といいながら匙で砂糖を振りかける、、、。
懐かしい昔です。

昔お勤めをしていた時、上司と飲んだ後に連れて行かれた甘味屋さん。
口上が面白くあんみつが美味しくてまた行きたいとおもいながら
最近このことを思い出しいろいろと調べたが分からずー
したら、このブログにたどり着きお店の名前がわかり、すっきり
懐かしい、でも閉店していたんですね残念です

華屋さん、懐かしいです。子供の頃、何度か亡き父に連れていってもらいました。
口上を言われるのが何度も気恥ずかしい気分だったのを覚えています。
メニューは忘れてしまいましたが、得意そうに父が、たしか「ばんずいんのちょうべいをくれ」と言うと、「鈴か森の〰~〰・・・待てとおとどめなされしは、おわけぇのおマッチなせえ。はい、マッチでござぃます。」とマッチを持ってきてくださいました。(違ったかな?)歌舞伎は詳しくないのでよくわかりませんが、鈴が森は近所なので、知ってる地名が出てきて嬉しかったのを覚えています。
大きな提灯が目印だったように記憶してます。

復活しないかなあ。

昭和30年代に新橋に勤務先があり行ったことがあります。
姪を連れて行ってやろうと思い探してみました。やはり随分前に閉店していたのですね。残念。
覚えている商品は「栗ぜんざい」で「栗が坊主で澤市、澤市さん待ってーと後を追って飛び込んだのが女房のお里」と言って白砂糖をかけるという趣向でした。
今月の歌舞伎はと聞いたら「土蜘蛛」ではどうしようもないと言っていたのを覚えております。
本当に懐かしいです。

渥美清さん主演のテレビドラマ 泣いてたまるかの
(第6回)「浪花節だよ人生は」 の劇中で
30分過ぎたあたりで新橋華屋のシーンが短い時間
ですがあります。

店員さんが 「壺阪霊験記 飛び込んだのが女房の
お里 ぜんざい~ ぜんざい~ 壺阪がおぜんざい」
と、口上を述べる場面がありました。
かなり昔のドラマですが、店内の様子も映っています。

新橋にお勤めしてすぐに同僚に連れていってもらいました。ふとした時に思い出して行ってみたくなるものの、なかなか実現しないまま、30年が経ってしまいました。
同僚が説明をしてくれてから行ったのですが、想像以上に、本格的な口上でびっくり。表情一つ変えずに運びながらスラスラと良い声で歌うようでした。最近着付け教室に行き始めて、仲間にこのお店のことを話しているうちに、懐かしくて探してここにたどり着きました。また復活してくれないかな。今なら観光客も大喜びですよね。

1980年代、小学生のころに母に連れられて2回行ったお店です。
母は新橋で働いていた時の思い出の店だと。閉店したらしいとは知っていたのですが検索していてここにたどり着きました。
親族の方のコメントや、閉店間際の状況などを知って複雑な気分です。
ニコライの鐘が鳴る鳴る御茶ノ水
異国の人と知りながら~(中盤忘れ) 蝶々夫人~
(で出し忘れ)~おみっちゃん

などすらすら歌い上げる店員さんに仰天し、笑うのを我慢していた私に「そんなに面白い?」と笑って話しかけてくれた店員さんを思い出します。
またどこかで復活してくれたらいいのになと思う今日この頃(新橋勤務)です。

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