「残菊物語」
東京フィルメックスの特集上映「ニッポン★モダン1930」にて、1939年の溝口版を観賞。
2代目尾上菊之助と、彼を影から支える菊之助の弟(→後の六代目菊五郎!)の乳母のお徳の物語。
芸道モノは大好きなので、じっくり観させていただきました。
まず私にとって一番の収穫だったのが、花柳章太郎や先々代河原崎権十郎など今は亡き舞台俳優の姿を観られたこと。花柳のうつむいた姿はなんとも風情があって素敵です。
高田浩吉が菊之助の友人の中村福助(のちの五代目歌右衛門)を演じていますが、いかにも女形な風情でやってましたが、実際の福助はどんなキャラだったのだろうとも思いました。
また、実際の歌舞伎の場面(四谷怪談の隠亡堀→五代目菊五郎がお岩・小平・直助の三役早替りでやっていた設定のよう、関の扉→花柳の墨染が花道をかける足取りがよかった)が入っていたり、当時の芝居小屋の場面が出てきたりと歌舞伎好きにはたまらない場面が沢山出てきます。
ちょっと話がそれますが、歌舞伎の場面で感じたこと。役者の体の動きが型ではあるものの、その型に行くまでの動きがきれいな流れになっているんです。現代人と昔の人はやっぱり体の動かし方が変わってきているのでしょうねえ。
BGMは物売りの声や楽屋に聴こえてくる長唄や義太夫の節など。物売りの声が明治時代の雰囲気を感じさせせていいです。
そして一番の圧巻は菊之助が成功を収めて再び大阪の舞台に立つことになり、道頓堀を船乗り込みする場面の華やかさです。お囃子の流れる中、船のへさきに立って挨拶する菊之助の晴れがましさ。ここに至るまでの数年間の積み重ねが見事に昇華されてます。
この場面と交互にお徳がしだいに命の灯を小さくしていく場面が映されるのがこれまた印象的な演出でした。
余談1。お徳さんが菊之助に演技のことを意見する場面あたりで「幸坊ちゃん(六代目のこと)はきかんぼうだから」というセリフにクスリとしました。
ちなみのこの意見する場面のワンカットは川べりを延々と歩きながら続くのだがなかなか美しい場面だ。
余談2。菊之助の名前の呼び方が何パターンもあることに気づいた。
五代目菊五郎→菊
お徳や尾上松助、お弟子さんやお手伝いの人→若旦那
福助→菊ちゃん(菊ちゃん福ちゃんと呼び合っている)
大阪に行ってから→ショウコはん(尾上松幸と名乗っていたから)
自分で→寺嶋(本名)
余談3。美術考証に東京で修行し大阪で活躍した狂言作者の食満南北の名前が。舞台裏の場面作りなどで関わったのでしょうか。この方の著書「作者部屋から」が最近復刊されましたが、明治期の芝居の様子がよく分かるいい本です。
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